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大分地方裁判所 昭和33年(ワ)400号 判決

原告 小県五郎

被告 神崎光男

主文

被告は原告に対し別紙目録第一記載の建物を明渡し、同第二(B)記載の建物(同第二(A)記載の物件中煉瓦塀を除くその余の部分)を収去してその敷地を明渡し、かつ、昭和三二年八月一日から右明渡の済むまで月一五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告のその余を原告の各負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、(一)被告が別紙目録第二(A)記載の物件につき昭和三二年四月一八日大分地方法務局別府出張所受附第三、九八七号をもつて同(B)記載の表示でした所有権保存登記の抹消登記手続をせよ、(二)別紙目録第一記載の建物を明渡し、かつ、昭和三二年八月一日から右明渡の済むまで月一五、〇〇〇円の割合による金員を支払え、(三)仮に、別紙目録第二(A)記載の物件が被告の所有に属するとすれば、別紙目録第一記載の建物の明渡とともに、別紙目録第二(A)記載の物件のうち、煉瓦塀を除くその余の部分を収去してその敷地を明渡せ、(四)訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因等として、次のとおり述べた。

(一)、別府市大字別府字南町下一一八番の三、四及び一一九番地合計四二、二九坪(以下本件土地という。)は、菊地重久の所有する土地であるが、原告は、右土地を菊地重久から建物所有の目的で賃借し、右地上に別紙目録第一記載の建物(以下第一の建物という。)を所有している。

(二)  昭和三一年七月原告は、幸重年治に対し、第一の建物を本件土地と共に賃貸した。ところで本件土地の形状及び第一の建物の位置は、別紙図面表示のとおりであり、本件土地の周囲には、右図面太線表示のように原告所有の煉瓦塀が存在する。そうして幸重年治は、右建物の入口通路の両側にある煉瓦塀を支柱として屋根を送り内側を部屋のように造作したい旨申し出たので原告はこれを承諾したところ幸重は、別紙目録第二(A)記載の物件を設置した(別紙図面斜線部分、以下第二の物件という。)。

(三)  ところで昭和三二年四月末日原告と幸重は、合意で賃貸借契約を解除し、翌五月一日原告は、被告に対し第一の建物を賃料月一五、〇〇〇円毎月末日払の約定で賃貸し、被告は即日入居した。ところが原告は、偶然の機会に、被告が、幸重の設置した前記第二の物件につき、昭和三二年四月一八日大分地方法務局別府出張所受附第三、九八七号をもつて、別紙目録第二(B)記載の表示で、建物として所有権保存登記手続をなしたことを発見した。

(四)  しかしながら右登記は左の理由により抹消せられるべきものである。すなわち、

(1)  第二の物件は、独立の建物ではなく、第一の建物の一部である。

(2)  仮に独立の建物であるとしても、右建物は、幸重年治が原告所有の動産である煉瓦塀に木材その他の動産を取りつけて一個の建物となしたのであるから、右建物は全体として主たる動産の所有者である原告に帰属するに至つたものというべきである。

すなわち右(1) (2) のいずれであるにせよ、第二の物件は、原告所有の建物の一部分なのであるから、被告がした所有権保存登記は抹消すべきである。

(3)  仮に、右(1) (2) のいずれにもあたらないとしても、第二の物件が存在する場所は、別紙図面表示のとおり、本件土地のうち、第一の建物の唯一の出入口にあたる部分なのであり、かような場所にある第二の物件につき、被告が建物として所有権保存登記をすることは、不当である。

以上の次第であるから、請求趣旨(一)記載のとおりの判決を求める。

(五)  次に被告は、昭和三二年五月一日、第一の建物の賃料として、向う三ケ月分四五、〇〇〇円を支払つたのみで、同年八月分以降の賃料の支払をしないので、原告は、昭和三三年一二月七日被告に対し、内容証明郵便で、昭和三二年八月分から昭和三三年一一月分までの延滞賃料二四〇、〇〇〇円を同年一二月二四日までに支払え、支払をしない場合には賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思を表示し右書面は、即日被告に到達した。しかるに被告は、右期間内に支払をしなかつたから、原被告間の賃貸借契約は、昭和三三年一二月二四日の経過と同時に解除された。

しかして被告は、その後も未払賃料を支払わず、かつ、第一の建物を返還せず、原告に対し賃料相当の損害を被らせているので、請求趣旨(二)記載のとおりの判決を求める。

(六)  仮に前記(四)の(1) 又は(2) 記載の原告の主張が容られず、第二の物件が原告の所有に属せず、かえつて被告の所有に属するとされるなら、原告は、被告に対し、前記賃貸借契約の解除に基く原状回復義務の履行として右物件中煉瓦塀を除くその余の部分を収去してその敷地を明渡すべきことを求める。

(七)  被告の抗弁は否認する。

二、被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁及び抗弁として、次のとおり述べた。

(一)  原告主張事実(一)は認める。同(二)のうち、昭和三一年七月原告が被告に対し、第一の建物を本件土地と共に幸重年治に賃貸した事実は認めるが、その余は争う。同(三)は認める。同(四)は争う。同(五)は認める。同(六)は争う。

(二)  幸重年治は、第一の建物の入口通路の両側にある煉瓦塀を支柱として屋根を作り内側を部屋のように造作したものではなく、煉瓦塀の内側に並列して支柱を建て板壁を造り屋根をつけ完全な一個の建物となしたのであり、右建築に際しては煉瓦塀その他原告所有の資材を利用したことはない。それのみでなく、原告は、幸重が同所に独立の建物を建築することを承認していたのである。なお、被告は、第一の建物を原告から賃借するにあたり、原告の承認を得たうえ幸重から第二の物件を買い受けたのであるから、原告と被告間には、第一の建物の賃貸借契約の成立と同時に、本件土地のうち第二の物件の敷地部分について転貸借契約が成立したのである。

三、原告訴訟代理人は、立証として、甲第一号証ないし第五号証を提出し、証人竹本成美、同宮本秀吉の各証言及び当裁判所の検証の結果を授用し、被告は証人幸重寛平の証言を授用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告主張事実一の(一)及び昭和三一年七月原告が幸重年治に対し第一の建物を本件土地と共に賃貸したことは当事者間に争いがない。

二、そうして証人幸重寛平の証言、同竹本成美の証言の一部及び検証の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち

本件土地は、短銃の形状をした土地であり、銃身に相当する部分は西に向い楠銀天街に開口して出入口となり、銃把に相当する部分は南に向つており、本件土地の北東隅に第一の建物が存在していて、路地によつて中浜筋に出ることができ、本件土地の外囲には、東側及び北側の一部を除いて原告所有の煉瓦塀(高さ約二、四米)が回らされている。幸重年治は、楠銀天街で喫茶店兼食堂を経営する目的で原告から第一の建物を借り受けようとしたが、第一の建物は奥まつた所にあつて店舗としては適当でないので、借受にあたり原告に対し、銃身に相当する部分の土地に店舗を建築させてくれるよう申入れたところ、原告は快くこれを承諾し、右店舗の建築に際しては煉瓦塀を屋根の支柱兼壁として利用することを許容し、これらの土地及び物件の賃料は、原告と幸重の合意で、第一の建物の賃料に含ませることとし、その賃料を月一二、〇〇〇円と定めたことが認められる。証人竹本成美の証言中右とてい触する部分は措信しない。そうすると、昭和三一年七月幸重が原告から第一の建物を本件土地と共に賃借したとの契約の趣旨は、原告が幸重に対し、有償で第一の建物の使用を許し、第一の建物の使用に必要な限度でその敷地の使用を許すという単純な建物の賃貸借契約ではなく、第一の建物の賃貸借、銃身に相当する部分の土地の店舗の敷地としての転貸借及び煉瓦塀の店舗の支柱兼壁としての賃貸借を含む複合的な一個の契約であると解するのが相当である。

三、そうして証人幸重寛平の証言によれば、幸重は煉瓦塀を利用したことを除いては自らの出捐で、本件土地中銃身に相当する部分に第二の物件を建築したことが認められる。

四、ところで検証の結果によると、第二の物件は、屋根及び外界との隔壁があり、内部から観察すると、天井、壁面、飾窓コンクリートの床その他の点で一般の喫茶店兼食堂の店舗と何ら異るところがないのであり、客がこれに来集して、その内部で飲食を楽しむことができ、また手洗所も附設せられていることが認められるのであるから、かような構造を有する第二の物件は、建物と解するのが相当であり、これを第一の建物の造作その他の動産であると解することはできない。もつとも、証人宮本秀吉の証言の一部及び検証の結果によれば第二の物件には、普通、建物を建築する場合に設置する土台支柱及び壁を欠き、その代りに煉瓦塀が土台、支柱兼壁として利用されていることが認められるけれども、かような事実だけでは、第二の物件を建物と判断することを妨げる事実とはなし難い。けだし、建物は、その構造が他の工作物の構造を共有することにより建物たる形態を備える場合であつてもいやしくも利用の目的として建物としての効用を有するものと認められる限り、建物と解すべきは当然であるからである。

もつとも、検証の結果によれば、第二の物件の屋根は第一の建物と接続し、また第二の物件を喫茶店兼食堂の店舗として使用するには第一の建物の調理室を利用する構造になつていることが認められるのであるから、第二の物件は第一の建物の一部になるのではないかとの疑が生ずるのであるけれども右の事実だけでは、未だ第二の物件が独立の建物としての効用を失い、第一の建物の一部となるものと速断することはできない。かえつて、検証の結果によれば、第一の建物と第二の物件の室内の接続部分は、第一の建物の板壁及びドアによつて仕切られているのであつて、第二の物件の内部は一個の独立した空間を形成していることが認められるのみでなく、もし第二の物件の一隅に簡単な調理設備及び器具を持ち込めば、第二の物件は喫茶店として完全な効用をもつ店舗となり得るものと認められるのであるから、かような第二の物件は、独立の建物であると解するのが相当である。

証人宮本秀吉の証言中、第二の物件が第一の建物の造作であるかの如き供述部分は、単に同証人の判断を供述したものに止まるから、これをもつて前記各認定を覆えすべき証左とするわけには行かない。

五、しからば、かような第二の物件の所有権は何びとに帰属するのか。証人官本秀吉の証言の一部及び検証の結果によれば第二物件の建築の要領は、本件土地中銃身に相当する部分の土地の両側にある原告所有の煉瓦塀の笠石の上に三寸五分角の木材を横たえ、この木材と笠石とをボルトとナツトで緊締したうえ、木材の上部に短い柱及び梁を設置してトタンで屋根を葺き、内部の造作をし、別に手洗所を附設するものであることが認められる。したがつて、物理的な意味での建物としては、煉瓦塀及びその余の部分よりなる第二の物件全部が一個の建物なのであるけれども、前記のような第二の物件の構造及び原告と幸重寛平の前示契約の趣旨に照らすと、第二の物件中の煉瓦塀と煉瓦塀を除くその余の部分の間には附合の規定の適用はなく、右煉瓦塀の所有権は、あたかも一般の場合の建物の敷地たる借地同様、原告に留保され、物権の対象としての建物は、第二の物件中の煉瓦塀を除くその余の部分のみであると解するのが相当である。かような現象は、例えば高架鉄道ガード下の空間を建築した場合にも発生するのであつて(大審院昭和一二年五月四日言渡判決参照)、必ずしも異とするに足りない。以下、第二の物件中、煉瓦塀を除くその余の部分を、第二の建物と呼ぶこととするが、第二の建物が幸重年治の出捐によつて建築されたことは前示のとおりであるから、その所有権は、建築完成と同時に幸重に帰属したものというべきである。

六、昭和三二年四月末日原告と幸重が合意で賃貸借契約(正確に云えば、前記二で説明した複合的な契約)を解除したこと、翌五月一日原告が被告に対し第一の建物を賃料月一五、〇〇〇円毎月末日払の約定で賃貸し、被告が即日入居したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、証人幸重寛平の証言によれば、幸重は、原告のために本件土地の差配をしていた竹本成美の了解を得たうえ、第二の建物及び営業用動産を九〇〇、〇〇〇円で被告に譲渡し、被告は、幸重の斡旋で、原告から第一の建物を賃借するに至つたことが認められる(これとてい触する証人竹本成美の証言の一部は措信しない。)のであるから、右にいう「被告が第一の建物を賃料月一五、〇〇〇円で賃借した」とは、被告が、原告との契約によつて、幸重が原告に対して有していたと同一の法律上の地位を取得したこと、すなわち、被告が、原告と、第一の建物の賃貸借、本件土地中銃身に相当する部分の店舗の敷地としての転貸借及び煉瓦塀の店舗の支柱兼壁としての賃貸借を含む複合的な一個の契約をなし、これから生ずる地位を取得したこと(ただ賃料のみが月一五、〇〇〇円に改訂された。)を意味するものと解するのが相当である。

七、被告が昭和三二年四月一八日大分地方法務局別府出張所受附第三、九八七号をもつて、別紙目録第二(B)記載の表示で建物の所有権保存登記手続をなしたことは、当事者間に争いがない。そうして、右登記は、客観的には、第二の建物についてなされたものと解するのが相当である。そうして、右登記の抹消を求める原因として原告の主張する事実欄一の(四)の(1) 及び(2) 記載の事実は、これを認めるに由ないこと前記四ないし六の説明によつて明らかであり、同(3) の事実は、登記抹消の請求原因としては主張自体失当というのほかないから、結局原告の登記抹消請求は理由がないというべきである。

八、ところで、被告が昭和三二年八月分以降の賃料を支払わないこと、昭和三三年一二月七日原告が被告に対し、内容証明郵便で、昭和三二年八月から昭和三三年一一月分までの延滞賃料二四〇、〇〇〇円を昭和三三年一二月二四日までに支払え、支払をしない場合には契約を解除する旨の条件付契約解除の意思を表示し、右書面が即日被告に到達したこと及び被告が右期間内に延滞賃料の支払をしなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。そうすると、昭和三三年一二月二四日の経過と同時に、原告と被告の間に存在した前示の複合的な契約は解除されえものというべきである。そうすると被告は、原告に対し、第一の建物を明け渡し、第二の建物を収去してその敷地を明渡し、かつ昭和三二年八月一日から明渡の済むまで月一五、〇〇〇円の割合による未払賃料及び賃料相当の損害金を支払うべき義務あるものというべきであるから原告の請求中、これを求める部分は正当である。

九、よつて原告の請求中、前記八において説明した部分を認容し、その余の部分を棄却することとし、民事訴訟法第九二条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 乾達彦)

目録

第一、別府市大字別府字南町下一一八番地の三、四及び一一九番地

家屋番号 羽衣三三番

一、木造瓦葺二階建店舗一棟 建坪一五坪外二階八坪七合五勺

第二、(A) 別府市大字別府字南町下一一八番地の三、四及び一一九番地上にある煉瓦塀を支柱として屋根を造り内部を板をもつて壁柱のように造作して一室となし、その一部に便所を設けた物件

(B) 別府市大字別府字南町下一一九番地

家屋番号 中浜一五番の五

一、木造トタン葺店舗 建坪九坪四合二勺

別紙

図〈省略〉

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